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齋藤仁孝さん/ヘアショップ仁孝代表

ファッション性を感じて理・美容師の道に進むことを決意する。そして、最初に入社したEXCELで、競技会に対する強い意識を抱く。師匠・向原一義氏の姿を見て、全日本チャンピオンに憧れる。それは、齋藤さんにとって運命的な出会いだった。

ライター 前田正明 | カメラ 更科智子 | 配信日 2007.10.4

両親の反対を押し切って自分の決めた道を進んだ

子供の頃、理・美容師は清潔感やファッション性があり、カッコいい職業だなと思っていました。一対一の接客で、その実感がダイレクトに伝わってくる。そんなライブ的な魅力に引かれ、この道を選びました。両親からは「お前は不器用だから」と反対されましたが(笑)。当時は東京に住んでいて、私は一般の家庭で育ちました。専門学校では家業を継ぐ人がほとんど。昔はインターン制度というのがあり、学校が紹介してくれたサロンが気に入らず、友だちからエクセルの向原先生を紹介してもらいました。面接を受けて採用されたんですが、向原先生は当時は神奈川県厚木市を拠点にしていましてね。それで親に厚木に行くと言うと、「どうして田舎に行くんだ」とまた反対されまして(笑)。でも、親を説得して、自分の決めた道を進みました。

「絶対に全日本チャンピオンになるんだ」と強く思う

当時、向原先生は全日本のチャンピオンだったので、私も将来なれたらいいなと漠然と思っていました。ところが、先生の仕事ぶりを拝見したり修行を積んでいく中で、「オレも絶対に全日本チャンピオンになりたい」と強く確信していくようになりました。昔はコンテストや競技会が盛んな時代でしたから、合同練習もたくさんあり、エクセルに入ったおかげでモチベーションが高まりました。「大会に出たい、チャンピオンになりたい」と思わせてくれたエクセルの環境に感謝しています。また、大会に出場して勉強になったのは、人と人とのつながりでした。それは、モデルさんとのコミュニケーションだったり、同じ大会に出る仲間との人間関係であったり…。これは、お客様を接客するサロンワークでも必要な要素です。それを得ることができたのも、私の理容師人生で貴重な経験でしたね。

今まで負けた経験を糧にしてチャンピオンの座に輝く

当時、刺激を受けたのは関東大会で常に入賞や優勝していた方です。「オレは、この人に勝たなければ全日本チャンピオンにはなれないんだ」と思い、その人の影響を強く受けました。しかし、県大会に出場するには支部大会で優勝もしくは上位に入賞しないとだめ。さらに、県大会でもいい成績を残さないと全国大会には出場できない。そんなシステムですから、徐々にステップアップするため、日頃から努力をしていました。そして、全日本チャンピオンになれたのは8年目で、2回目に出場した大会でした。それまで負けた経験もしましたし、そんな人の姿をたくさん見てきましたから、それが発奮材料になりましたね。ただ、いつまでも大会に出続けるわけにはいかないので、早くチャンピオンになって次の新しい道に進んで、自分をもっと磨きたいと考えていました。

山形県出身。中野養成理容美容学校(現・窪田理容美容専門学校)卒業後にEXCELに入社。向原一義氏のもとで修行を積む。EXCEL在籍中に、神奈川県理容競技大会2年連続チャンピオン、関東甲信越理容競技大会2年連続準チャンピオンを獲得。 1975年には第27回全国理容競技大会チャンピオンに輝く。1979年にEXCELを退社し、翌年にカットサロン仁孝を神奈川県海老名市にオープン。1988年に2号店を出店。2005年に2店舗を統合しヘアショップ仁孝としてリニューアルオープンする。

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