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田中嘉之さん/creep hair

夢中で続けていたサッカーをやめ、自分の将来を考えそれまで経験したことのないアルバイトに興味を抱く。関心があった業種は接客業。母から「美容室はどう?」のひと言で美容の世界へ。その後、技術を修得しスタイリストとして地元のサロンで活躍。そんな田中さんを支えてくれたのは、オーナーやスタッフそして友人などの人間関係だった。

ライター 前田正明 | カメラ 更科智子 | 配信日 2010.6.3

美容室は未知の世界で新鮮味があった

私は一般家庭で育ち、高校の途中までサッカーをしていました。それまではサッカー一筋でそれ以外には何も知らないスポーツ少年でした。その後サッカーをやめた時に、今まで経験できなかったアルバイトをしたくなり、母親に相談したところ「美容室はどう?」と言われたのがこの世界に入ったきっかけです。自分でも接客業やサービス業に興味があり、母の行きつけで親戚が経営していたサロンにお願いをしてアルバイトを始めました。当時、私は理容室に通っていたので、美容室は未知の世界で新鮮味があり、床を掃くのも、タオルを畳むのも、何をするのも楽しくて仕方ありませんでしたね。アットホームな雰囲気で、男性はオーナーと私だけ。あとの先輩は女性だったので、オーナーとはとても親しくさせていただきました。高校時代は放課後と休日に、美容学校に入ってからは休日のみでしたが、ずっと同じサロンでアルバイトをさせていただきました。サロンではワインディングやシャンプーのレッスンを受けていたので、美容学校では実技の授業で困ったことはなかったですね。勉強も遊びも精一杯やり、充実した学校生活を送ることができました。

サロンの発展と同時に自分も成長していった

私は卒業後もそのサロンに勤めるつもりでいましたから、就職活動で苦労することはなかったです。そのサロンには、アルバイト時代から独立するまで16年間お世話になりました。その間、スタッフが増えて拡張したり、支店をオープンするなど上り調子でした。私自身もスタイリストとして成長していた時期なので、サロンの発展に自分も参加している気持ちになり非常にやり甲斐を感じていました。新人時代はカリスマ美容師がブームの頃で、テレビでシザーズリーグを観て影響も受けました。ただ、東京のサロンや有名美容師に憧れてそれを目指していた訳でもありません。もっと身近な環境を大事にしたくて、オーナーや先輩に追いつこうと必死でしたね。やはり、地元のお客さまに喜ばれる美容師になろうと、それを一番に思いながら仕事をしていました。

学生時代からの友人が私にとって大きな財産

若い頃はとにかく仕事も遊びも全力でしたね。時には事故でケガをしてお店に迷惑をかけたこともありました(笑)。また、朝まで遊んでいて、寝ずに仕事に行ったこともありましたね。当時は、学生時代の友だちと離れてしまうのが嫌で、相手の休日に合わせることで無理をしていた部分もありました。でも、そんな風に一緒に過ごした時間があり、彼らがお客さまとなって今でも来店してくれるし、小学校時代からのいい付き合いができているので、これが私にとって大きな財産になっています。中には、一緒に美容師になった友人がいますが、彼とは後に同じサロンで働くようになり、私が独立した今でも、お互いを励ましあういい関係です。そんな友だちやいろんな人との人間関係を大切にしていきたいと考えています。

creep hair代表。埼玉県出身。国際文化理容美容専門学校卒業。高校在学中に地元のサロンでアルバイトを経て、同サロンへ就職。13年間の勤務で支店長を6年間務める。その後、独立して2009年6月にcreep hairを出店。お客さま一人ひとりとじっくり向き合うことをテーマに、『ゆっくり、ゆったり』をコンセプトにしたサロンを展開。お客さまのみならずスタッフとも末長く付き合っていけるサロンを目指す。

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