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野々村かおりさん/Lu cocon 郁里

オープン当初の数ヶ月間は売上げが上がらず悪戦苦闘。しかし、ひたむきな姿勢が好評を得てすぐに集客がアップ。狭い店舗を増築するも稼動が追いつかず、支店の出店を決意。資金面をクリアするため、ご主人が予約で一杯のノートを持参して銀行に交渉する。その熱意が伝わり、数千万円の融資を受けることができた。

ライター 前田正明 | カメラ 好川桃子 | 配信日 2010.2.4

苦難を乗り越え、3席での売上400万超に

1店舗目のサロンをオープンするにあたり、金融公庫から資金を借りました。オープンから数カ月は、その返済日が迫ってくると、「残りの日数で、あとこれだけ売上げを上げないと…」という状態が続きました。当初、将来のことなど計画性がないままスタートしましたから、軌道に乗せるまでが大変でした。そこで、改めて看板を作って集客を図ろうとしていた時に、その看板作りを見て興味を持ち来店していただいたり、お客様に紹介して頂いたりして集客が徐々にアップするようになりました。実は今でも、最初の折り込み広告を見て以来、8年間ずっと来店してくださる方もいらっしゃいます。多分、割引とか金額の問題ではなく、そういう方とは良いご縁でつながっているんでしょう。同じ頃、私に赤ちゃんが出来たことがわかり、とても嬉しかったです。それでも、妊娠9か月までは頑張ってサロンワークをしていました。その甲斐があり、3席で1ヶ月の売上げが400万円以上になりました。

予約でいっぱいのノートを持参して銀行に融資の交渉

その頃には忙しくなったのでスタッフを増やし、スタイリストは私たちの他に現在の賀茂川店の店長を含めて4人、アシスタントも2人以上になりました。2人目の子供ができた頃は増築して待合席を2部屋増やしましたが、それでも稼動が追いつかないので支店を出そうと3年かけて物件を探しました。そしてこの賀茂川店を見つけたんです。最初は貸家でしたが、しばらくして売りに出されました。でも、その金額が思った以上に高く、ここが気に入っていたので悩んだ挙げ句、物件を管理している工務店に銀行を紹介していただき、主人が予約帳を持って交渉に行ったんです。「ウチはこんなにお客さまがいっぱいなので融資してください」と(笑)。その熱意が伝わったのか借りることができたんです。物件代金に工事費を含めた金額とその当時持っていた自己資金との差額 数千万円を融資していただきました。

場所よりも技術する“人”の方が大事なんだと再認識

今振り返ると、あの頃に繁盛していたのは主人の技術力によるものだと思っています。カットはドライカットを極めており、パーマはその頃すでに、髪のダメージ状態に応じて根元と毛先に塗布する薬剤を塗り分けていました。また、ヘアカラーもブームになり始めていた頃でお客さまのニーズにお応えできる技術とデザインを提供していたからだと思います。当時から技術や商品の説明をきちんとしていましたから、お客さまに信頼されていたんだと思います。技術の説明については、お客さまだけでなくスタッフに対しても同じで、社員旅行の行き先は、バリやフランス。バリはクリームバス、フランスはアロマオイルの勉強会を兼ねての旅行でした。クリームバスは実際に体験して、私たちの施術プログラムの方が気持ちいいと感じ、場所よりも技術する人の方が大事なんだと再認識しましたね。そんな主人が生前考えていたのが『ハッピー8店舗計画』というビジョンで、これは家族だけでなくスタッフの将来も考えた未来図でした。

株式会社コワフュール・ジャポン代表取締役、Lu cocon 郁里ディレクター。岐阜県出身。中部美容専門学校卒業。名古屋市内で1店舗、岐阜県中津川市で1店舗、岐阜県恵那市で1店舗、奈良県橿原市で1店舗を経て、2001年7月に亡き夫で創設者でもある初代ディレクターの野々村郁民さんと共に京都市内にLu cocon 郁里 大宮店をオープン。その後、2005年11月に賀茂川店、2009年7月に御池店をオープンし、2009年11月に賀茂川店をリニューアルオープン。2008年に夫の野々村郁民さんが他界した後に代表となり、トータルビューティーを提案する全店個室で人と地球に優しいサロン展開を継承する。現在、サロンワークを中心に出張ブライダルや撮影の他、デトックスのコーチングや半断食の指導など地域・社会貢献にも寄与している。

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