TBMG - この人から学ぶ成功の秘訣! by タカラベルモント

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従業員全員に独立を奨励し、店舗数が徐々に拡大

どのようにして店舗が増えていったのですか?

私は元々、自分の会社をどんどん大きくしようという気持ちはそれほど強くなく、この道に入った人に幸せな人生を送ってほしいという思いで、これまでやってきました。それほどリッチな業界ではないですが、やりようによってはかなりのレベルまでいけると実感していますから、独立を奨励しています。従業員全員に独立しなさいと言っています。独立は、1人でも夫婦でもできる。100人使うような企業になることもできる。辞められて困るのはほんの一時期です。隣に出店していいから、自分のお客様を全部連れていきなさいと。人からよく「変わってる」と言われますけどね(笑)。でもよく考えると、自分の気に入ったスタイリストさんが移動したらついていきますよね?よほど遠くでない限り。だから近くに店を出せば、みんな来てくれるんです。じゃあ今までいた店はどうなるかというと、後輩がお客様を自分で見つけてくるようになるんです。後輩たちは自分でお客様をつけられなかったら、将来自分の店を開くことはできません。育てるほうも、それを念頭に置き、いつも気を緩めないで一生懸命育てる。それが店の魅力を維持するひとつの要素なのではないでしょうか。お互いに負けられないと切磋琢磨し、それがずっと続いた結果、店舗数がここまで増えたのだと思います。店舗を増やすことは、従業員が育成できているかどうかのバロメーターのようなものですから、自分が全部抱えようとするのではなく、どんどんのれん分けして分社、独立させるのがよいと思っています。うちの店の近くに店を出しても、前から出している店がヒマになったなんて、今まで1軒もありません。どちらも良くなっていくんです。


縁あって、憧れのドイツに出店

海外に店を出そうと思ったのはなぜですか?

1989年にドイツに店を出したのですが、当時はヨーロッパ全体が生活とか文化の面で日本より進んでいましたから、憧れがあるわけです。私も生活してみたいという願望があり、パリへ勉強に行きたかったのですが、当時の航空運賃は今のビジネスクラスよりも高かったので、そのうちチャンスが来るだろうと諦め、同じく理容師をしている弟を先に行かせてやりました。その頃、谷先生の娘さんがドイツで店をやっていたのですが、繁盛して店が手狭になって広い所に引っ越すにあたり、今の店を私にやってもらえないか、という話になったんです。私も願っていたことなので喜んで引き受けました。従業員にドイツに行きたい人を募ったら、5人くらい手を挙げた人がいたので連れて行ったのですが、やはり言葉の壁に苦労しましたね。郵便物が届いてもDMなのか大事な書類なのかがわからない(笑)。最初はそんな状態でした。それから今も続いていますが、今では独立採算が取れるようになり、のれん分けしました。


人材確保と恩返しのためにベトナムに出店

ベトナムへはなぜ出店しようと思ったのですか?

ベトナムはまったく違う目的です。我々は欧米から学びましたが、その恩返しが終わっていません。それは誰にするか。考えた末、技術をつないでいくため、欧米ではなくアジアの人に伝えるべきだと。また、日本の人手事情は悪くなる一方ですから、今年はよくても3年後、5年後はどうなっているかわかりません。少子化の影響もありますが、それより、少子化によってみなが高学歴になると、理美容師のなり手は減っていきます。みんな机に座った仕事を好みます。じゃあどうするか。ヨーロッパもアメリカも同じ現象が起こっているのですが、移民の人がやっているんです。日本も同じ流れになると思うんです。我々も人手がなくて右往左往する前に、今から見つけよう、橋をかけよう、という気持ちで、2014年にベトナムに出店しました。

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松永巳喜男(マツナガ ミキオ)
銀座マツナガ代表取締役社長。1941年、新潟県出身。大阪・心斎橋の谷稔氏に師事。27歳の時に東京銀座中央通りに独立開業。現在、中央区周辺に8カ所、ドイツ2カ所、ベトナム3カ所に店舗を展開中。これまで姉妹店として11店舗を従業員に渡す。「ありがとう千客万来」(ヒューマンウェア研究所)を2003年に出版。

◇「温故知新」たるおもてなしの精神によるサービス、当たり前の感動を提供することをモットーに、創業50年を迎える理容室。中でも「GINZA MATSUNAGA DE CLASSE」は全室個室の最高級店で、著名人を含め多くの顧客から高い支持を集めている。


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