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木村則子さん/FRAME Hair

学生の頃、自立心が強く将来は女社長を目指していた。両親が理容室を経営していたこともありヘア業界に進む。大阪のサロンで修行を積み、そこで接客業の大切さと厳しさを体感する。技術修得のため、深夜に及ぶレッスンの毎日。そして、知人の紹介でニューヨークのサロンで研修するチャンスをつかんだ。

ライター 前田正明 | カメラ 好川桃子 | 配信日 2010.12.2

早く自立したいから実家を離れて大阪で修行

私の両親は理容室を経営していました。学生の頃の私は、とにかく早く自立したかったんです。将来は女社長を目指していたので。当時その方法として知っていたのが、ヘア業界に入ることだったんです。そこで父の紹介で寮のある大阪のサロンに入社して、専門学校の通信課程で学びました。入社したサロンは大阪北部のベッドタウンにあり、セット面が7台でスタッフは先生を入れて8人の比較的大きいサロン。私は1日で100人くらいシャンプーをするほど毎日が多忙でした。そのサロンで学んだことは、お客さまにとって喜ばれる技術は何かということです。それは持ちのいいカット。「下手なカットはすぐにサロンに行かないとダメ」と言われ、再現性の高いスタイルを提供するための技術を学びました。それと、お客様をお待たせせずに手際よく接客するなど、接客業の根本的なことを教わりました。

毎日続けたコンテストとサロンワークの練習

新人の頃は、先輩から社会人として自覚を持つように厳しく指導されました。やった仕事の対価としてお金を頂くということ。その意識を持つことを教わり、実家でなんとなく手伝っていた仕事についても、ここに来てその意味がわかりました。お客様、特におじいちゃん・おばあちゃんには気にかけて頂いて、かわいがられました。寮生活なので、練習は夜の8時から12時まで毎日していました。また技術講習会も、先輩が参加するものを自分も積極的に受けていましたね。デビューは入社して4年弱でしたが、当時としては早い方だったと思います。新人の頃はコンテストでなかなか入賞できず、休日返上でレッスンをしていました。コンテスト用とサロンワーク用で時間を半分づつに分けて練習しました。また、その日の感想や反省をノートに書き綴り、寝る前にはコンテスト用の上手なスタイルの写真を見たりして明日への活力にしていました。

ニューヨークは実力主義の世界

大阪のサロンで7年ほど勤務した頃、私は家業を継ぐため実家に戻るつもりでいました。ところが母から、「あなたの性格は外向的だから、田舎に帰って家業を継ぐタイプではない。」と言われたんです。そんな時、知人からニューヨークのサロンで研修をしないかと誘われました。ちょうどその年の12月には退職する予定だったので、躊躇なくアメリカ行きを決めました。そのサロンは日本人経営者で、元気のいい女性技術者を探していたそうです。初めは日本とのギャップを感じましたが徐々に慣れました。アメリカではチップによる報酬が大きいので、努力した分だけ報われる世界なんだと実感しました。日本とは違う厳しさがあり、その中で生き残るために積極性が身についたと思います。やった分だけ認められ、オーダー以上のスタイルにすると非常に喜ばれました。パーティー用にセットしたお客様が、パーティーで好評だったからと、わざわざ翌日にチップを渡しに来てくださったこともありました。

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FRAME Hair代表。滋賀県出身。大阪中央理容美容専門学校(通信課程)卒業。大阪のヘアーサロンまついに7年間勤務後、ニューヨークのサロンで3ヶ月間研修。帰国後、大阪市内のサロンで2年間勤務後、2007年10月に独立出店。確実なカット技術をもとに、常に飽きのこないスタイルを提案。大人の隠れ家的なサロンとして、男女問わず来店できる癒しの空間を提供している。


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